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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)2568号 判決

原告 鈴木三次郎

被告 国 外一名

訴訟代理人 平田浩 外一名

主文

原告の被告等に対する各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告等は原告に対し各自金一三〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告山本は大阪地方裁判所所属執行吏訴外松本敬次郎と共謀して原告所有の布施市俊徳町一丁目一八〇五番地の八地上木造瓦葺二階建居宅一棟四戸の内西端より二戸目の一戸延建坪一二坪六合九勺(以下本件家屋と称す。)に対する占有を不法に侵奪した。すなわち、

(イ)  被告山本は昭和二六年一月一六日原告に対する家屋明渡等請求の訴訟を大阪地方裁判所に提起したが(同庁昭和二六年(ワ)第八六号事件)、同二七年一二月一〇日言渡された第一審判決において家賃金請求に関する部分のみ認容され、家屋明渡及び損害金請求については敗訴し、更に右第一審判決に対し双方から大阪高等裁判所に控訴した結果、同三三年四月一一日同裁判所において本件原告鈴木三次郎の全部勝訴の判決があり、右の第二審判決は本件被告山本安次郎の上告期間徒過により同月二九日確定した。従つて、これよりさきになされていた被告山本と原告との間の前記訴訟を本案とするいわゆる現状維持仮処分(大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二六五三号)は、本案判決確定と同時に実質上その効力を失つていたにも拘らず、被告山本は右仮処分決定の執行として本件家屋を保管する執行吏を利用し、仮処分物件の現状調査に藉口して事実上家屋明渡執行と同様の目的を遂げようと企て、昭和三三年五月六日前記松本執行吏に仮処分物件の現状調査を申出た。同執行吏も被告山本の不法な企図を知りながら、同被告の申出を容れて同日午後三時頃本件家屋所在の現場に臨み、原告が施錠しておいた表戸をこぢあけて屋内に侵入し、屋内に在つた動産一八点を屋外に搬出して完全な空室とし、「鈴木三次郎」の表札を外し、表裏の各出入口及び窓の戸障子をすべて釘付けにし、票目一四枚を以て封印した上、表出入口外側に「この家屋は、被申請人(原告)が執行吏に無断で退去したから、爾後執行吏が自ら占有保管するものである。」旨を公示し、以て原告の右家屋に対する占有を完全に奪つてしまつたのである。

(ロ)  被告山本の前記所為は執行吏の有する公権力を悪用して住居侵入の罪を犯したものであつて、その不法なことは勿論であるが、右松本執行吏もまた被告山本の不法な請託に迎合して公権力を濫用したものであつて明らかに不法行為を構成するものである。その理由は左のとおりである。

1  原告が本件家屋かち退去したとの右執行吏の判断は、故意に事実を歪曲したものである、仮に、故意がなかつたとしても、重大な過失により判断を誤つたものである。同執行吏が前記公示において示した「退去」の意味は必ずしも明らかでないが一応「占有の抛棄」を意味するものと解し、その不当である理由を左に列挙する。

A 原告が自己の表札を掲げ、表出入口に施錠して、占有継続の意思を明示してあつたこと。

B 隣家に住む訴外辻勇が執行吏に対し「鈴木は転宅したのではない。」旨を陳述したこと。

C 原告が自己の所有物若干を屋内に残していたこと。

D 若し任意に退去したものであれば、被告山本は執行吏の強制力を借りないで自力を以て占有を回復すべきであること。

E 本案訴訟の経過または結果を顧慮しなかつたこと。

2  仮に、松本執行吏において原告が本件家屋から退去したものと判断したとしても、同執行吏はその旨の見聞調書を作ればよいのであつて、それ以上の権限を有すると解すべき何等の根拠がない。従つて、原告の占有を奪い、仮処分命令において原告に許された家屋の便用を不可能ならしめた処分は、職権濫用の甚しいものである。その理由は左のとおりである。

A 債務者が使用するままで執行吏に保管を命ずる旨の仮処分においては、仮処分物件の占有は依然として債務者にある。執行吏の仮処分物件に対する関係も「占有」の語を以て表現されることがあるけれども、物件に対する直接の実力支配を意味する通常の占有とはおのずからその性格を異にする。執行吏の「占有」とは便宜上の用語であつて、その実質は、債務者が占有の現状を変更しないように監視し、現状変更を未然に防止する手段として第三者に対する公示の方法を取るべき職権を意味するだけである。尤も、執行吏が、債務者が仮処分命令に違反して仮処分物件の現状を変更したと認めた場合に、執行吏の執り得る処置について、東京地方裁判所は大阪地方裁判所と見解を異にし、執行吏が自己の判断に基いて仮処分物件を原状に回復することができるとの態度を持つているが、右の場合に執行吏のなす原状回復の処分は執行吏の有する監視権ないし保管権の発動と見るべきであつて、占有権そのものの作用ではないと解すべきである。執行吏の右監視権ないし保管権が一種の占有権と目すべきものであるとしても、それは前記のように間接抽象且つ潜在的な支配権であつて、債務者の保有する直接且つ現実的支配権とは厳に区別されなければならない。また現状維持仮処分における保管者たる執行吏の権利は、動産に対する強制執行や不動産に対するいわゆる断行の仮処分において執行吏が債務者の占有を取上げて自己の直接占有に移す場合の権利とも区別されなければなならない。

B 本件において松本執行吏が仮処分物件に対する原告の占有を奪い自己の直接占有に移したのは、債務者たる原告が仮処分命令に違反したと認めたからではなく、単に原告が執行吏に無断で退去したものと解したというに過ぎないから、前記東京地方裁判所の見解に従つて原状回復の処置を取り得る場合にも該当しないのである。けだし、任意退去は現状不変更又は占有移転禁止の仮処分命令に違反するものでなく、もとより執行吏の許諾を要しないことだからである。

執行吏は債務者が退去した現状のまま保管し、必要とあれば、屋内になされていた公示書を屋外の見易い場所に移すなど公示方法を一応完全ならしめるだけで充分であり、それ以上の処分即ち屋内に在る動産の搬出、表裏の出入口、窓等の完全閉鎖というような明渡断行に等しい処置は仮処分命令の許さないところである。少くとも執行吏は、債務者たる原告が欲する場合には何時でも家屋を使用し得るように充分な用意をなし、その旨を債務者に知らしめる方法を取つておかなければならなかつたのである。それにも拘らず、松本執行吏は逆に債務者が家屋の使用を断念せざるを得ないように仕向けるために故らに厳重な処分をしたと認められるのである。

二、被告山本は、松本執行吏と共謀し公権力の行使に名を藉りて原告を本件家屋から不法に閉め出してから、前記執行調書の下附を受け、これを退去の疏明方法に用いて、前記既成事実を基礎として布施簡易裁判所に新たな仮処分申請をし(同庁昭和三三年(ト)第四三号)、裁判官を欺罔して、昭和三三年五月九日「申請人(被告山本)使用のまま執行吏に保管を命ずる。」旨の仮処分決定を得て、松本執行吏にその執行を委任し、松本執行吏は右委任に基いて同月一〇日本件家屋に対する仮処分の執行として「申請人(被告山本)使用のままでこれを保管する。」旨の公示を施した。

しかしながら、右仮処分はこれを申請すること自体不法行為であるが、右仮処分決定を執行した松本執行吏の執行行為も亦違法であつて、少くとも過失による公権力の違法行使の責を免れない。けだし、右第二次の仮処分を執行した当時において前記第一次仮処分の執行がなお形式的には存在し、本件家屋は被申請人たる原告の使用するままで執行吏がこれを保管していたものであつて、同一物件を申請人使用のままで保管することは不可能であるから、これを理由に執行不能とすべきであつたからである。

そして、被告山本は右第二次仮処分の執行を終つた後、同年五月一三日大阪地方裁判所に前記第一次仮処分申請の取下手続を取つたのである。

そこで、原告は前記第二次仮処分に対し布施簡易裁判所に異議の申立をなし、同裁判所において審理の結果昭和三四年八月二一日原告勝訴の判決があり、右判決は控訴の提起がなく、控訴期間の経過とともに確定した。そして、右第二次仮処分の執行は同年九月五日頃執行力ある右判決に基いて取消された。

斯様にして、原告は昭和三三年五月六日から昭和三四年九月五日頃まで本件家屋を使用することができなかつたのであつて、右は被告山本と松本執行吏の前記不法行為によること勿論である。

三、被告山本は原告の使用を許さない旨の第二次仮処分を申請するため前記のような乱暴な明渡断行が必要であつたのである。すなわち、調査の申出と明渡断行と第二次仮処分とは相互に不可欠の牽連関係にある一箇の行為であつて、相当手間のかかる右一連の仕事は着手から完了まで僅か五日間になされているのであり、予の計画され準備されて行われたものである。

そして、被告山本の右行為は松本執行吏との共同不法行為であつて、共同行為における直接の行為者は松本執行吏であるが、同執行吏と被告山本とは共謀、教唆又は幇助の関係にあるのであつて、民法七一九条一項に該当するが、仮にそうでないとしても、同条二項に該当する。仮にそうでないとしても、被告山本及び松本執行吏の前記行為はそれぞれ単独で不法行為をなすものである。

松本執行吏の前記行為は故意による不法行為である。仮にそうでないとしても、松本執行吏の右行為は過失ある公権力の行使による不法行為である。そして、同執行吏の過失は同執行吏が本件家屋に対する原告の占有を無視し、または原告が本件家屋を占有しているに拘らず、注意義務を怠り原告が右家屋を占有していないものと誤認したことによるのであつて、それは次に掲げる理由による。

1  松本執行吏が昭和三三年五月六日実施した処分の基礎となる第一次仮処分である現状維持仮処分決定は、執行吏に直接占有を命じたものではない。この点において債務者の占有を取上げてしまう一般の差押処分とは執行の効果を異にする。

2  債務者が仮処分に違反して現状を変更した場合に、執行吏は新たな裁判を要せず自己の判断に基いて明渡を断行することを許されるとの東京地方裁判所流の見解に立つとしても、本件では債務者の仮処分違反という前提要件を欠いているから、明渡を断行することはできない。松本執行吏の事実認定が正しかつたとしても、債務者の退去は将来の本執行を一層容易ならしめこそすれ、執行保全の目的を害するおそれはあり得ないからである。

3  松本執行吏は単に「退去した」といい「占有抛棄」の語を用いない。そして、同人は明渡断行を決意するにあたり、占有の関係などは考えなかつたと弁明する。執行吏たる者が執行をなすに際して最も重要である占有関係に注意を払わなかつたなどということは、常識で考えられないところであるが、若しそれが真実であるならば、執行吏として適格を欠くことを示すものであつて、これ以上に重大な過失はない。

四、原告は被告山本及び右松本執行吏による前記一連の不法行為によつて左記の損害を被つた。

イ  本件家屋を使用し得べかりし利益を奪われたことによる物的損害金二万円。

ロ  本件家屋使用不能による精神的損害金三万円。

ハ  白昼敗訴判決の執行に等しいような処分を受け、著しく各誉を毀損された損害金五万円。

ニ  原告が本件訴訟及び前記仮処分異議事件を弁護士沢克己に委任し、同弁護士に支払を余儀なくされた費用の損害金一万円。

ホ  原告が右仮処分異議事件につき勝訴の判決を受けたので、昭和三四年一〇月三〇日同弁護士に対し右事件の報酬として支払つた金二万円。

そして、被告山本及び松本執行吏において右損害を生ずべきことを当然に予見し、また予見し得べかりしものである。

五、よつて、原告は被告山本に対しては民法七一九条により、松本執行吏の所属する被告国に対しては国家賠償法一条一項により、それぞれ前記損害の賠償を求めるため、本訴に及ぶ。

と述べ、なお、

被告山本の原告が昭和三六年一月二〇日本件家屋から立退いたので、同家屋が空家となつているとの主張事実はこれを認めるが、原告は同年三月一〇日同被告の代理人である弁護士関田政雄に対し本件家屋を明渡す旨の意思表示をなし、同家屋の受領を求めたがこれを拒絶せられたのである。

と述べた。

なお、被告山本の原告が昭和三六年一月二〇日本件家屋から立退いたので、本件家屋は空家となつているとの主張事実はこれを認めると述べた。

被告山本訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告の請求原因事実中被告山本が原告主張のように大阪地方裁判所に原告に対する家屋明渡等請求の訴訟を提起し、第一、二審とも家屋明渡請求部分につき被告山本敗訴の判決がなされ、右各判決は確定したこと、本件家屋につき大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二六五三号の現場維持仮処分決定に基きその執行がなされ、その後昭和三三年五月六日松本執行吏が本件家屋を直接自ら占有保管したこと、及び被告山本が同月九日本件家屋について布施簡易裁判所に仮処分の申請(同庁同年耐第四三号事件)をなし、原告主張のような第二次仮処分決定がなされ、その執行のあつたことはいずれもこれを認めるが、その他は争う。

二、(1)  昭和三三年五月六日松本執行吏が直接本件家屋を占有保管するに至つた動機は同執行吏の調書(甲第一号証)に「申請人(被告山本)から、被申請人(原告)は既に目的物件家屋から退去して同家屋は空家になつていると述べて現状の調査方の申出があつた。そこで同取調のため目的物の所在地に出張した。」と記載しているとおりであつて、被告山本としては単に同執行吏に調査方を依頼したに過ぎないのであつて、執行吏を利用して過去の事実を作出する必要は全く存在しない。同執行吏はその職権によつて調査の結果の判断により爾後の処置をなしたもので、同被告の全く関知しないところである。

(2)  被告山本が第二次の仮処分を申請したのは前仮処分とは全く別個の理由に基く本案訴訟のためであつて、何等の違法がない。すなわち、同被告は原告に対し本件家屋を賃貸していたところ、原被告間に賃料額について争が生じ、原告は賃料の支払をしなかつたため、同被告は昭和二五年一〇月二二日原告に到達の書面で原告に対し同年八月一日から同年一一月末日まで一ケ月金七三七円の割合による延滞賃料を三日以内に支払うこと、若し右期日を徒過するときは賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をなしたが、原告はこれが支払をなさなかつたので、同年一二月二五日限り右賃貸借契約は解除となつた。そこで同被告は原告に対しこれを理由に大阪地方裁判所に家屋明渡請求の訴訟を提起したのであるが、同裁判所は同被告が催告した一ケ月の賃料額が金七三七円であることを認めて、同年八月一日以降同年一二月二五日までの延滞賃料の支払を命じたが、契約解除の効力を認めず、従つて家屋明渡及び損害金の各請求を否定した。そこで、同被告は右第一審判決に対し控訴した結果、第二審判決は同被告の右催告賃料を認めず、一ケ月の賃料は金五〇八円であると認め、同年八月一日以降同年一二月二五日までの延滞賃料の支払を命じたが、契約解除の効力を認めず、第一審同様家屋明渡及び損害金の各請求を否定したのであつて、同判決は確定したのである。そして前記第一次の仮処分は右訴訟の提起に際して同被告が申請してこれを得たものである。ところが原告は賃料の支払を延滞したので、同被告は原告に対し昭和三三年四月一六日原告到達の書面で昭和二五年一二月二六日以降昭和三三年三月末日までの延滞賃料合計金七二、三七九円を本書面到達後五日以内に支払うべき旨の催告をなしたところ、何等の応答がなかつたが、その後右金額は昭和二六年一〇月一日以降の賃料が昭和一九年本件家屋竣工の前提に立つものとしての誤を犯していることを発見したので、同年四月三〇日到達の書面を以て昭和一八年本件家屋竣工のものとして計算し直した賃料額により昭和二五年一二月二六日以降昭和三三年四月末日までの延滞賃料合計金六五、三八七円を本書面到達後五日以内に支払え、若し不履行の場合は家屋賃貸借契約を解除すべき旨の条件付契約解除の意思表示をなしたが、、原告は依然として支払をなさなかつた。よつて、本件賃貸借契約は同年五月五日の経過によつて解除となり、原告は同被告に対し本件家屋明渡の義務を負うに到つたものである。

前記第二次の仮処分は同被告が原告に対する右家屋明渡請求訴訟を本案として仮処分申請をなし、これに基きなされたものであつて、右第二次の仮処分は前記第一次の仮処分とは全く別個の理由に基くものである。

(3)  同被告は、原告が同被告の賃料請求に応じなかつたのは、原告が八尾市穴太本町二八番地に住居とアパートをその長男鈴木広一名儀で取得してこれを所有し、ここに移り住むことになつたので、本件家屋が不要になつたことによるのである。すなわち、同被告は、原告が昭和三三年四月一七日トラツクで家財道具を搬出し、表戸は居住当時の戸を取りはづして古いこわれかかつた戸を閉め切つていること及び近所えは八尾方面に転居する旨の挨拶廻りをしたことを知つたので、その移転先を百万調査したが、原告は行先を秘匿しているためこれを知ることができなかつた。

同被告は、転居先不明の原告に対する訴訟を提起するため、本件家屋の状況の実態及び原告の転居先を知るために松本執行吏にその調査を依頼したのである。そして、同執行吏が本件家屋は空家なりとして自らこれを占有したのは、同執行吏が職権に基いてしたのであつて、同被告の与り知らぬところである。同被告としては本件家屋の状況さえ明かになればよいのであつて、原告のいうように「事実上家屋明渡執行と同様の目的を遂げようと企て」たり、「松本執行吏と共謀し公権力の行使に名を籍りて原告を本件家屋から不法に閉め出してから、数日後その既成事実」を作出する必要など毛頭存しないのである。

(4)  同被告は、第二次仮処分申請の際、裁判所に対し代理人を通じて、敗訴判決が確定したため第一次の仮処分の執行は解放せねばならないから、第二次の仮処分を申請するものであることを申述べ、且つ右第一次の仮処分の執行吏保管の現状を早急に打切りたい旨を説明したし、裁判所も松本執行吏作成の調書(甲第一号証)を点検し、辻勇が同執行吏に対し述べたところも調べた上で、申請人である同被告使用のままの仮処分命令を発したのである。従つて、同被告は裁判所を偽罔して右仮処分命令を得たものでないこと勿論である。

(5)  原告は表札の掲示、施錠、若干の動産の残置、辻勇の陳述等を以て原告の占有を主張し、松本執行吏及び同被告の行為は住居侵入の不法行為であると主張するのであるが、不用になつた家屋に何時までも表札を掲げ、僅少の動産を残し占て有を装うことは世上狡猾な借家人がとる常套手段であるから、空家にしたかどうかはもつと客観的な事実に基いて判断しなけれはならないのである。そして、松本執行吏の判断は前記調書(甲第一号証)により明らかなように極めて客観的な事実に基いてなされているのである。第二次仮処分裁判所が右調書及びその他の疏明資料に基いて空家になつたものと判断され、原告の占有名義は保護に値しないものとして、原告の占有を解いて同被告(申請人)便用のまま執行吏保管を命じたのは、執行吏の判断が誤つていなかつたことを裏書するものである。

すなわち、同執行吏点検の際の状況は左のとおりであつた。

(A) 階下四、五畳の畳があるだけで、内部の建具は全部取払われている。

(B) 二階の畳は全部取払われて板の切端が十数点散在しているのみである。

(C) 炊事道具は何も見当らない。

(D) 切表戸は古いものと取り換えられ、施錠してあつたが、戸のレールはなく、一寸押せば外れる程度である。

(E) 二〇日間に一、二回寝泊りしたというが、寝具は一物もない

(F) 転居先を秘匿している。

右のような状況であるから、同執行吏が「転居後に不用品が残されていると解するを相当と思料する現状であつた。」と判断したのは当然であり、同被告も右調書により原告が他に転出して占有名義のみを仮装していると考えたのは相当である。それ故、かかる事情のもとに同被告がなした仮処分申請には何等の違法もないのである。

と述べ、

なお、原告は昭和三六年一月二〇日本件家屋から立退いたので、本件家屋は空家となつている旨述べた。

被告国指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として、

一、原告の請求原因事実中相被告山本が原告主張のように大阪地方裁判所に原告に対する家屋明渡等請求の訴訟を提起し、第一、二審とも家屋明渡請求部分につき相被告山本敗訴の判決がなされ、右各判決は確定したこと、原告主張の現状維持仮処分により松本執行吏が本件家屋を保管中原告主張の日に自己の占有に移す旨の執行をなしたことその際原告が本件家屋の表出入口に施錠をしていたこと、訴外辻勇が執行吏に対し「鈴木は転宅したのではない。」旨陳述したこと、及び原告主張のように布施簡易裁判所において本件家屋につき第二次仮処分決定がなされ、松本執行吏がその執行委任を受け、これを執行したことはこれを認めるが、その余の事実は全て争う。

二、松本執行吏が昭和三三年五月六日原告が本件家屋を退去したと認めたのは、次に掲げる理由によるものである。すなわち

(一)  原告は前記のように表出入口に施錠していたとはいえ、表戸は下部が腐朽破損し、原告が主張するようにこじあけるまでもなく、少し動かすと右下部の板が殆んどはずれてしまつた位で、外部からの出入を防ぎ得る状態ではなかつた。

(二)  裏側は、外側の板戸は釘をはめ込み戸締がしてあつたが、内部は施錠がなかつた。

(三)  家屋内部は、階下に畳四、五枚とふすま二枚があつただけで他の畳建具は取除かれており、電球もなく、炊事道具寝具は勿論家財道具等は何一つなく、わずかに空瓶、破損下駄、古い額(無価物)、板の切はし等が残存していただけで、転宅あとに不用品が残されていると解するを相当とする状態であつた。

(四)  訴外辻勇が前記のように右執行の際執行吏に対して原告は転宅したのではない旨陳述したのではあるが、前記事情に照らすと原告は既に転宅したものと認めるのが相当であるといわなければならない。

従つて、松本執行吏の右判断は正当である。

三、次に原告は、原告が任意に退去したのであれば被告山本が自力で占有を回復すべきであると主張するが、既に本件家屋は仮処分により松本執行吏において保管中であるため、被告山本において自力で占有を回復し得ないことはいうまでもなく、原告の主張は理由がない。

四、更に、原告は、仮に松本執行吏において原告が本件家屋から退去したものと判断したとしても、同執行吏はその旨の見聞調書を作成する権限を有するのみで、それ以上の権限を有しないと主張するが、かかる主張には何等の根拠がない。

(一)  先ず、原告は、執行吏保管の仮処分における執行吏の「占有」とは便宜上の用語であつて、その実質は債務者の現状変更の監視と第三者に対する公示をなすべき職権を意味するに過ぎないと主張する。しかしながら、そもそも、目的物を第三者に保管させる仮処分の保管者は必ずしも執行吏であることを要しないものであるところ、執行吏であれば民訴法七三〇条七三一条に基く強制執行が可能であり、且つ保管中の妨害行為に対しても、直接強制力を用いてこれを排除することができるために、実際上殆んど例外なく執行吏が保管者とされているに過ぎないのである。そして、保管者は不動産強制管理の管理人に準じて目的物を保管しなければならない(仮処分の目的からみて、収益を受ける権限がないのは勿論である。)。従つて、保管を命じられた執行吏は、債務者の目的物件に対する占有を解いた上、自ら現実に占有の引渡を得てこれを保管しなければならないのである。このことは現状不変更を条件に債務者に使用を許す仮処分の場合でも同様である。この場合、債務者が使用できるのは、執行吏が自己の占有する目的物の管理方法として、債務者に使用させているに過ぎない。

(二)  原告の任意退去が仮処分命令にいわゆる現状変更にあたらないことは、原告の主張するとおりであるが、原告は仮処分により家屋占有者の松本執行吏から現状不変更を条件に使用を許されているのであり、同執行吏は原告の使用を通じて家屋の保管をなしていたものであるから、原告は同執行吏に無断で本件家屋を空家同様に放置することは本来許されないところであつて、原告が本件家屋をかかる状態に放置し、しかも原告の所在を執行吏に明らかにしていないときには、本件家屋の本来の保管者である松本執行吏としては、自ら火災、家屋の損傷、盗難その他第三者よりの不法占有等による建物の被害等を予防すべき義務があり、そのための措置として、これを自己の占有に移したことは、まことに当を得た措置というべきである。原告は本来善良なる管理者としての注意義務を以て本件家屋を使用すべきであるにも拘らず空家同様に放置しておきながら、松本執行吏の右執行行為を非難することは失当である。

五、原告は、松本執行吏が本案訴訟の経過及び結果を顧慮しなかつたのは違法であると主張するが、同執行吏は右執行の際本案訴訟の経過及び結果を全く知らなかつたのみならず、たとえ知つていたとしても、執行吏にかかる点について審査する職務権限を有しないのであるから、訴訟の経過及び結果について顧慮しなかつたとしても違法ではない。

六、次に、第二次の仮処分決定に原告主張の違法があつたとしても、決定がなされた以上、当然無効ではなく、執行吏にはその有効無効を審査する権限がないから、委任を受ければ当然その執行を実施しなければならないのである。そして、本件の場合第一次の仮処分を解放し、第二次の仮処分を執行することは、何等不可能ではなく、第二次仮処分に関する松本執行吏の措置にも違法はない。

よつて、原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

被告山本が昭和二六年一月一六日大阪地方裁判所に原告に対する家屋明渡等請求の訴訟を提起したが、第一、二審とも家屋明渡請求部分につき被告山本敗訴の判決がなされ、昭和三三年四月二九日右各判決は確定したこと、本件家屋につき大阪地方裁判所昭和三一年(ヨ)第二六五三号の現場維持仮処分(以下第一次仮処分と称する。)決定に基きその執行がなされ、その後昭和三三年五月六日松本執行吏が本件家屋を直接自ら占有保管したこと、及び被告山本が本件家屋について布施簡易裁制所に仮処分の申請(同庁同年(ト)第四三号事件)をなし、同月九日「申請人(被告山本)使用のまま執行吏に保管を命ずる。」旨の仮処分(以下第二次仮処分と称する。)決定を得て、松本執行吏にその執行を委任し、同執行吏は右委任に基いて翌一〇日本件家屋に対する仮処分の執行をなし、「申請人(被告山本)使用のままでこれを保管する。」旨の公示を施したことは、被告両名においてこれを認めて争わないところである。

そして、原告及び被告両名間において成立に争ない甲第一ないし第三号証及び同第五ないし第七号証、検丙第一号証の一ないし四並びに証人松本敬次郎同辻勇及び同峰川政美の各証言、原告本人鈴木三次郎の尋問の結果の一部及び弁論の全趣旨を綜合すると次の事実を認定することができる。

前記被告山本の原告に対する家屋明渡等請求訴訟は「同被告が原告に対し本件家屋を賃貸していたところ、原告が賃料の支払を延滞したので、同被告は原告に対し相当の期間を定めてその履行を催告するとともに、若しその期間内に履行しないときは右賃貸借契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示をなした。ところが、原告は右期間内にこれが履行をなさなかつたから、右契約は解除せられた。そこで同被告は原告に対し本件家屋の明渡を求めるとともに延滞賃料及び賃料相当の損害金の支払を求める。」というのであるところ、右訴訟提起後昭和三一年一一月二六日大阪地方裁判所において前記認定のように第一次仮処分決定がなされるとともにその執行がなされたのであるが、右決定の内容はこの種現場維持仮処分において通常定められるところと同じく、「債務者(原告)の本件家屋に対する占有を解いて、債権者(被告山本)の委任する執行吏にその保管を命ずる。債務者の申出があれば、執行吏は現状を変更しないことを条件として債務者にその使用を許さなければならない。但しこの場合においては執行吏はその保管にかかることを公示するため適当な方法をとるべく、債務者はこの占有を他人に移転し、又は占有名義を変更してはならない。」というにあつたこと。

ところが、申請人(被告山本)から、被申請人(原告)は既に目的物件である本件家屋から退去して右家屋が空屋になつている旨述べて、現状の調査方の申出があつたので、松本執行吏は昭和三三年五月六日右調査のため本件家屋の所在地に出張した(申請人が松本執行吏に右のように述べて現状の調査方を申出で同執行吏が右調査のため本件家屋の所在地に出張したとの原告の主張事実は被告においてこれを認めるところである。ところが被申請人は不在であり、戸締がしてあつて表出入口には施錠してあり、且つ右隣の家屋に住む訴外辻勇において松本執行吏に対し「被申請人は息子の嫁を貰うについて二〇日程前に三輪トラツクに荷物を積んで八尾の方に行つたが、その後も当所え一、二回来て寝泊りしている。八尾の方に転宅してしまつたのではないと思う。」と述べたが、被申請人の行先を教えなかつたこと(表出入口に施錠していたこと及び右辻勇が松本執行吏に対し「鈴木は転宅したのではない。」旨述べたとの原告の主張事実は被告国においてこれを認めるところである。)。

そこで松本執行吏は証人として訴外峰川政美及び同前川千代治を立会させ、被告山本をも同行させたのであるが、同執行吏が窓や出入口の隙間から内部をのぞいて見たところ何もない状態であり、前記のように表出入口には施錠がしてあつたとはいえ、他の同行者の一人がこぢるようにすると直ぐ戸が開いたので、同執行吏は前記の者等と共に屋内に入り取調をなしたこと。

屋内の状況は次のとおりであつて、松本執行吏の取調の結果もこれと同一であつたこと。

A  階下は階段下の物入れに空瓶が数本、炊事場板の間に鼻尾破損のモダンばき一足、玄関及び奥の間に額があるだけで炊事道具は何もなかつた。

B  二階は板の切はし等が十数点あるだけで畳は一枚もなかつた。

C  右ABのような実状で転宅跡に不用品が残されているにすぎないと解するを相当とする現状であつた。

そこで、松本執行吏は本件家屋は既に空屋となつており、被申請人が本件家屋から退去し、その使用を抛棄したものと解し、占有者としての本分を全うするため本件家屋内所在の被申請人所有の前記動産一切を戸外に搬出して空屋とし、爾後同執行吏が自ら右家屋を占有保管することにし、その方法として表及び裏の各出入口並びに窓の戸障子は総て釘付けにした上、仮処分の票目を以て貼付封印し、表出入口の外側中央の鴨居上部に被申請人が現状維持仮処分物件から退去したため、同執行吏が目ら占有保管している建物である旨記載した公示書を釘付けにしておいたこと。なお右戸外に搬出した動産は全て申請人に無償で保管させたこと。

しかし、実際は原告は本件家屋の使用を抛棄し本件家屋から退去したのではなく、息子が結婚し八尾市で家を持つことになつたので、家財道具を殆んど同所に運び、原告も同所で寝泊りして、時々本件家屋に帰つて来ていたこと。

その後、被告山本が布施簡易裁判所に本件家屋について仮処分の申請をなし、同月九日第二次仮処分決定を得て、松本執行吏にその執行を委任し、同執行吏は右委任に基いて翌一〇日本件家屋に対する仮処分の執行をなし、「申請人(被告山本)使用のままでこれを保管する。」旨の公示を施したことは冒頭認定のとおりであるが、右仮処分の執行後被告山本は第一の仮処分申請を取下げたこと。

原告は右第二次仮処分に対し異議の申立をなし、昭和三四年九月頃勝訴判決を得たので、右仮処分は取消されたこと。

以上の事実を認めることができ、原告本人尋問の結果右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信できないばかりでなく、他に右認定を覆えすに足りる証拠がない。

いわゆる不動産に対する占有移転禁止の仮処分において、目的物件を執行吏の保管に付しながら、債務者に引続きこれを使用させる場合における執行吏及び債務者の右目的物件の占有の性質については、学説及び判例いずれもその見解が分かれているところであるが、かかる場合において債務者がその使用を抛棄し右目的物件から退去したときは、目的物件を執行吏の保管に付して債務者の使用を許さなかつたときと同様に、執行吏が直接占有を有することとなり、債務者は間接占有を有するにすぎないものと解するを相当とする。今本件の場合について考えてみるに、第一次仮処分において松本執行吏が現状の調査をなした結果前記認定のように本件家屋の近隣の者からの聞込み及び本件家屋の内外の状況から考え当時債務者である原告が本件家屋の使用を抛棄して本件家屋から退去したものと判断したのは相当であつて、実際は当時原告が本件家屋の使用を抛棄して本件家屋から退去していなかつたことは前記認定のとおりであるとはいえ、松本執行吏が右のように判断したことについては何等過失がなかつたものといわねばならない。そうすると、松本執行吏が斯様に判断した以上、本件家屋を自己の直接占有に移し、自らこれを保管することとし、執行吏としての職責上前記認定のような処置を執つたのは適法相当であるといわねばならない。そして、このことは本案訴訟の確定判決の結果如何により差異があるものではなく、本件の場合松本執行吏が前記処置を執つたのは右仮処分申請人である被告山本の敗訴判決が確定した後であることは既に認定したとおりであるが、これを以て松本執行吏の右処置を不適法であるということはできないのである。

原告は被告山本は松本執行吏と共謀して第一次仮処分決定の執行として本件家屋を保管する同執行吏を利用し、仮処分物件の現場調査に籍口して事実上家屋明渡執行と同様の目的を企けようと企て同執行吏に仮処分物件の現場調査を申出で、同執行吏も被告山本の不法な企図を知りながら同被告の申出を容れ、右両名共謀の上同執行吏の前記処置により本件家屋の占有を不法に侵奪したと主張するが、被告山本が松本執行吏に右現場調査の申出をなすに際し、前記のような意図を有していたこと及び同執行吏が右申出を引受けるに際し同被告の右意図を知つていたことについては、これを認め得る証拠がないばかりでなく却つて証人松本敬次郎の証言及び被告山本安次郎の尋問の結果によるとそうでないことが認められる。そして同執行吏の執つた前記処置が適法相当であることは前段認定のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

次に前記第二次仮処分については前記認定のように松本執行吏は被告山本から委任を受けてその仮処分決定どおりの執行をなしたにすぎないのであつて、これ亦適法であるといわねばならない。

原告は被告山本は松本執行吏と共謀して公権力の行使に名を籍りて同執行吏の前記処置についての執行調書の下附を受け、これを退去の疏明方法に用いて既成事実を基礎として布施簡易裁判所に新たな仮処分申請をし、裁判官を欺罔して前記のように第二次仮処分決定を得てへ同執行吏にその執行を委任したものであつて、同執行吏はその執行をなしたのであると主張するが、被告山本が右仮処分申請をなすに際しかかる意図を有しおり従つて裁判官を欺罔したこと、及び同執行吏が右事実を知つて執行の委任を受けたことについては、これ認め得る資料がなく、却つて証人松本敬次郎の証言及び被告山本安次郎の本人尋問の結果に徴するとかかる事実のないことが明らかである。そして松本執行吏の第二次仮処分の執行が適法であることは前段認定のとおりであるから、原告の右主張も亦理由がない。

原告は被告山本の第一次仮処分についての松本執行吏に対する、調査の申出、同執行吏のこれに対する処置、同被告の第二次仮処分の申請及び同執行吏の同仮処分の執行は相互に不可欠の牽連関係にある一箇の行為であつて、被告山本及び松本執行吏の共同不法行為であり、仮りにそうでないとしても同人等それぞれの単独不法行為であると主張するが、右主張も理由のないことは前記認定により自から明らかであるからこれを採用できない。

そうすると、原告の被告等に対する本訴請求はいずれも爾余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 入江菊之助)

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